第7回:コロナ版ローン減免制度~自然災害債務整理ガイドライン新型コロナ特則~(前編)

はじめに

2020年12月1日から「コロナ版ローン減免制度」の運用が始まりました。正式名称は「『自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン』を新型コロナウイルス感染症に適用する場合の特則」といいます。10月30日に、一般社団法人 東日本大震災・自然災害被災者債務整理ガイドライン運営機関から発表されています。

これは、災害救助法が適用される自然災害の被災者が一定の要件を満たした場合に利用できる「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」(自然災害債務整理ガイドライン。通称「被災ローン減免制度」)のしくみを、新型コロナウイルスの影響を受けた個人や個人事業主にも適用するための指針です。簡単に言えば、金融機関等(銀行等に限りません)が個人債務者に対して、破産手続等の法的倒産手続によらず、特定調停手続を活用した債務整理により債務免除を行うためのルールです。

今回と次回は、このコロナ版ローン減免制度の特徴や課題について、ごく簡単に紹介していきます。

 

コロナ禍でローン返済ができないという声に応える

新型コロナウイルス感染症のまん延により、経済活動の停止や大幅自粛が要請され、それに伴い、個人の生活にも甚大な影響が起きています。解雇や出勤停止などよる収入の断絶や減少、個人事業主として事業を行っている者へのダメージも計り知れません。

厚生労働省が定期的に発表している「新型コロナウイルス感染症に起因する雇用への影響に関する情報について」をみても、11月20日現在でコロナ関連の影響による解雇が7万名を超えています。なお、この7万名には、会社内での部署移動や収入減少、制度が補足しきれていない失業者などは含まれないため、実際の影響はより深刻であると考えられています。また、各種専門職、フリーランスほか数多の個人事業主が被った影響もまた計り知れません。

このような状況で特に顕在化するのは、住宅ローンや事業性ローンを借りている個人や個人事業主の資金繰りです。多額の債務を抱えたまま、新型コロナウイルス感染症に立ち向かうことは到底かなわないという声が多数寄せられているのです。

債務整理をするためには、法律上利用できそうな制度としては、破産法に基づく破産手続や、民事再生法に基づく個人再生手続等しかありません。しかし、これらは信用情報登録(ブラックリスト)等のデメリットがあり、利用に躊躇するところもあるでしょう。また、金融機関等の債権者にとっても、新たな融資先を見つけることができなくなりますので、破産手続が必ずしも正解ではないケースもあるのです。

 

コロナ版ローン減免制度の誕生へ

そこで切望されたのが、「自然災害債務整理ガイドライン」を新型コロナウイルス感染症の影響を受けた債務者に拡大適用する「コロナ版ローン減免制度」の創設です。新型コロナウイルスのまん延が確認された春先から、日本弁護士連合会や有志弁護士らが中心となり、産学政治のステークホルダーへ積極的なアプローチを行うなど新制度創設を提言してきたのです。

自然災害と異なり、財産や仕事先が直接的に破壊されたわけではなく、経済圏が瞬時に壊滅してしまったという事態もおきていません。しかし、目に見えない新型コロナウイルスのまん延と、経済活動の停滞が、大規模自然災害に類する(あるいは、飲食、レジャー、施設、観光産業等ではより深刻な収入減少などの)影響が起きていたことは間違いありません。

紆余曲折を経て、あらゆる金融機関が従うべき準則(自主的自立的な準則)としてコロナ版ローン減免制度が誕生し、10月30日に発表に至りました。なおこの制度は、法的拘束力がないとはいえ政府や金融関連団体が合意をしたものであり、要件に該当する場合には、必ず利用されなければならない性質のものであることは言うまでもありません。

 

法的手続とは異なる大きなメリット

コロナ版ローン減免制度を利用することで、新型コロナウイルス感染症の影響で住宅ローン、住宅のリフォームローン、事業性ローン、その他借入等の弁済ができなくなってしまった個人および個人債務(つまり、破産手続等の法的倒産手続の要件に該当する可能性が高くなってしまった債務者)は、一定の財産を手元に残したまま、債務の減免を受けることができます。対象となる債務は、2020年2月1日までに負担した債務、およびコロナ禍の影響で2020年10月30日までに負担した一定の債務です。 

最終的には金融機関と債務者が裁判所の特定調停手続を経て合意に至る手続きです。利用できればその効果は極めて絶大ですが、開始要件、収入要件、資産状況、債権者への申出、対象となる債務の範囲などがたいへん複雑です。詳細な適用条件については、弁護士の法律相談を受けることをお勧めします。

特に強調しておきたいメリットは次の点です。日本弁護士連合会が作成したチラシがわかりやすいので、あわせてご紹介します(日本弁護士連合会『新型コロナウイルス対応関連情報』)。

メリット1:ブラックリスト(信用情報)に登録されません

破産等の法的手続きと異なる最大のメリットのひとつです。したがって、ガイドライン利用で債務免除を受けたのち、新たな借り入れをすることで事業を再建するなどの選択肢を残すことができます。

 

メリット2:保証債務の履行を求められません

破産手続などをすれば、債務者が破産すれば代わりに連帯保証人がローン等の請求を受けることになります。自然災害債務整理ガイドラインの新型コロナ特則でも、従前の運用に倣い、保証債務の履行を求められることなく、債務減免ができます。

 

 メリット3:無償で弁護士のサポートを受けられます

ガイドライン利用者は、登録支援専門家の支援を受けながら手続きをすすめることができます。登録支援専門家は手続きに精通する弁護士が担ってきています。ただし、登録支援専門家は債務者本人の代理人とは異なるので、手続の代理を希望する場合には、別の弁護士に手続受任を依頼することが必要になります。

 

 

f:id:koubundou2:20201130094541j:plain

f:id:koubundou2:20201130094608j:plain

出典:日本弁護士連合会ウェブサイト

 

災害復興の叡智をコロナ禍に活かす

新型コロナウイルス感染症の影響を「災害」としてとらえた政策を実施すべきであると訴え続けてきました。過去の災害からの生活復興や事業復興の知恵は、新型コロナウイルスにより経済危機に陥った人々を救う知恵として応用できるからです。政府はコロナ禍をあくまで「災害」ではないとして、災害関連の法制度を適用することなく、別途の特別対応を行ってきました。一方で、これまでのコロナ禍への支援には、過去の自然災害時の対応を参考にしたものが数多くあります(第3回:新型コロナウイルス感染症のまん延は「災害」なのか)。

感染症のまん延という未曽有の災害で債務者を救うための「コロナ版ローン減免制度」。これも、東日本大震災後に弁護士らの精力的な政策形成活動によって誕生した「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」(2011年7月策定)、さらにそれを災害救助法適用に自然災害全般に拡大した「自然災害債務整理ガイドライン」(2015年12月策定、同年9月2日に遡及適用)の叡智を受け継いでいるのです。

 

次回予告

次回は、後編として、コロナ版ローン減免制度の適用にあたっての政策的課題や留意点を、過去の自然災害で浮かび上がってきた教訓とともにご紹介します。

 

ピックアップ・キーワード

自然災害債務整理ガイドライン(被災ローン減免制度)【1】

 

自然災害により、これまでの住宅ローンと、今後の住まいの再建のためのローンや生活費を負担し続ける「二重ローン問題」は、多くの被災者を苦しめる社会問題でした。1990年の雲仙普賢岳の大噴火と住民避難によって、この問題が初めて大きな話題となって顕在化しました。1995年の阪神淡路大震災でも法律家をはじめ多くの関係者がローン減免制度の創設を訴えましたが、実現には至りませんでした。

2011年に東日本大震災がおきました。弁護士が実施した無料法律相談事例を集約し分析したところ、住宅ローンの支払困難という事例は、当初から噴出し、その割合が極めて高いことが分かりました。弁護士らは、これらの分析データをもとに壮絶ともいえる政策形成活動を行い、金融機関や経済界からも多くの理解と制度構築の必要性が訴えられたことで「個人債務者の私的整理ガイドライン」ができました。

しかし、これは東日本大震災限定の制度であったことから、さらなる協議が続けられ、2015年には、災害救助法適用の自然災害に適用できる「自然災害債務整理ガイドライン」(通称「被災ローン減免制度」)が誕生するに至るのです(拙著『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』Chapter11 被災ローン減免制度は破産にあらず~自然災害債務整理ガイドライン①~)。復興支援の歴史のなかでは極めて画期的な制度が出来上がったといえると思います(拙著『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』Chapter12「被災ローン減免制度には多くのメリット~自然災害債務整理ガイドライン②~」)。

2020年10月になって、ついに発表された「コロナ版ローン減免制度」は、この自然災害債務整理ガイドラインの特則なのです。

 

 ▼後編はこちらです

Copyright © 2020 KOUBUNDOU Publishers Inc.All Rights Reserved.