第2回:一律10万円の特別定額給付金と差し押さえ禁止法案

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を防止し、また医療現場の崩壊を防ぐためには、外出を自粛し人と人との接触を減らすことが不可欠となります。しかし、経済活動や生業の継続による生活の維持のためには、これと矛盾する行動をせざるを得ないこともあるでしょう。

そこで、家計への直接の経済支援として、「特別定額給付金」制度が作られ、給付が始まりました。今回は、この全国民に一律10万円を給付するという前代未聞の政策の裏側で、実は、〈災害復興法学〉が注目している「災害義援金」にかかわる立法実績が活かされていたことについてお話ししていきたいと思います。

 

特別定額給付金を差し押さえられないように

特別定額給付金は、国民全員に一律10万円を支給するものです。4月20日の閣議決定を経た同月30日の令和2年度第1次補正予算の成立により実現しました。制度や申請手続き等の詳細は総務省の「特別定額給付金特設ページ」にわかりやすくまとまっています。

この特別定額給付金は、超党派の議員立法「令和二年度特別定額給付金等に係る差押禁止等に関する法律案」(4月30日成立)により、

(1)令和二年度特別定額給付金等の支給を受けることとなった者の当該支給を受ける権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押さえることができない

(2)令和二年度特別定額給付金等として支給を受けた金銭は、差し押さえることができない、

という条文が整備され、差し押さえ禁止財産となりました。ちなみに、「令和二年度特別定額給付金等」とは、正確には、①一律給付される10万円の「特別定額給付金」と、②児童手当受給世帯へ上乗せされる児童1人当たり1万円の「子育て世帯臨時特別給付金」が該当します(なお、児童手当受給権それ自体は、もともと差し押さえ禁止財産です)。

差し押さえ禁止財産とされることで、どのようなことが期待されるのでしょうか。たとえば、裁判所で破産手続きの際にこれらの財産を、債権者らへの返済原資にせずに手元に残すことができる(自由財産とする)運用が期待されます。また、債権者による強制執行や債権譲渡、税金の滞納による差押え処分などの対象になることがありません。生活にとって必須となる給付を確実に受け取ることができ、手元に残すことができるお金(権利)になったのです。

 

新型コロナウイルス対策の給付金が、次々と差し押さえ禁止に

特別定額給付金の差し押さえ禁止法案の成立後、超党派の議員立法によって「令和二年度ひとり親世帯臨時特別給付金等に係る差押禁止等に関する法律案」(2020年6月12日成立)も整備されました。これによって、①低所得であるひとり親世帯への支援の観点から支給される母子家庭等対策費補助金(ひとり親世帯臨時特別給付金)と、②新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金による医療福祉機関等職員等への慰労金も差し押さえ等禁止の取扱いになりました。

こういうときにこそ超党派での議員立法が有効です。しかも、全会一致が原則で詳細にわたる委員会質疑を省略できる迅速な対応に、期待が集まります。

たしかに本来、予算を作成する内閣(政府)こそが同時に差し押さえ等禁止法案を整備すべきではないのか――。こうした疑問もあり得るでしょう。しかし、新型コロナウイルス感染症対策のための臨時の給付金等は、法律に基づく支給根拠がありません。そのため、内閣提出法案にするためには、政府所管部署の調整や法案策定の担当部署の創設・調節に相当の時間を要してしまうのではないかと思われます。

 

災害義援金の実績に学ぶ立法提言

「特別定額給付金」制度は政府から全国民へ配られる特別の災害義援金のようなものだと考えていた筆者は、制度創設が要望・議論されはじめたころに「差し押さえ禁止等」法案が策定されるかどうかにも注目し、かつ立法提言も行ってきました。ところが、なかなか政府の会議や国会の議論等で取り上げられない日々が続きました。

やや焦りを感じていたところはありましたが、のちに弁護士有志らの「COVID-19:災害対策基本法等で住民の生命と生活を守る緊急提言 第二弾」などの後押しもあり、最終的には与野党の国会議員の連携によって、第1次補正予算成立のタイミングで法案が間に合いました。

新型コロナウイルス感染症のまん延は、2020年夏の「第二波」の到来とともに、ますます予断を許さない状況になりました。生活の糧や経済活動再開時の起爆剤となるはずの給付金は確実に申請をしていただきたいと考えています。特別定額給付金の申請期限は、「郵送方式の申請受付開始日から3ヶ月以内」という短い期限しかありません。多くの自治体では期限が2020年8月のうちに到来してしまいます。読者の皆様もぜひ、周りにお声がけをいただければと思います。

 

次回予告

すでにお気付きかと思いますが、筆者は、新型コロナウイルス感染症のまん延を「災害」とみたてて政策提言を行っています。政府は、大胆な予算措置や政策立案をする一方で、感染症を必ずしも法律上の「災害」と位置づけているわけではありません。次回は、新型コロナウイルスを、地震、水害等と並ぶ「災害」とみなす余地はないのか、仮に法律上は「災害」でなくても、わが国のこれまでの災害対策の知恵を活かした大胆な措置ができないのか――こうしたことについて考えていきます。

 

ピックアップ・キーワード:差し押さえ禁止法案
 
差し押さえ禁止特別法は、これまでは自然災害における「義援金」で論点となってきました。岡本正著『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』Chapter19「自治体が申請する義援金の申請を忘れずに」でも取り上げている話題です。
これまでに東日本大震災(2011年)、熊本地震(2016年)、平成30年特定災害(西日本豪雨と平成30年大阪府北部地震)、令和元年特定災害(8月26日から29日までの豪雨災害、台風15号、台風19号、10月24日から26日までの豪雨)の4つの義援金の差し押さえ禁止法が成立しています。政権交代などもありましたが、すべて超党派全会一致の議員立法により成立してきました。これらの背景には、常に法律家からの立法政策提言や活動がありました。被災者の税金滞納や支払い困難の事例を目の当たりにしている弁護士らの提言が東日本大震災以降の立法措置の流れを生んできたのです。
ところが、義援金差し押さえ禁止特別法は、すべて臨時の特別法です。たとえば、「平成29年7月九州北部豪雨」「平成30年9月北海道胆振東部地震」「平成30年台風21号」は、ちょうど国会の閉会や、与野党調整の狭間になってしまい、甚大な被害が発生しかつ義援金も相当集まったにもかかわらず、義援金差し押さえ禁止特別法案はできませんでした。すべての「災害」の「義援金」を差し押さえ禁止等にする恒久法(一般法)の整備が求められます。筆者も〈災害復興法学〉の活動の一環として、立法提言や政策形成活動を継続中です。2020年秋の臨時国会に期待しています。

Copyright © 2020 KOUBUNDOU Publishers Inc.All Rights Reserved.