第5回:避難所TKBで感染症対策(前編)

はじめに

九州地方を中心に西日本全域に甚大な被害をもたらした「令和2年7月豪雨」。世界的まん延が続く新型コロナウイルス感染症の影響下で発生し、大型複合災害ともいえる事態になりました。とくに避難所が感染症拡大要因になりかねないという懸念は従来から示されており、さまざまな対策やノウハウの共有が実践されてきました。

これまで筆者は、災害復興法学の一環として、避難生活の場を人が住まう当たり前の環境に近づけるべく災害救助法の徹底活用による避難所の環境整備の実現を訴えてきました。なかでも、避難所・避難生活学会における「避難所TKB」の実現(避難生活のうち特にトイレ、食事、就寝環境の整備を推進することで災害関連死や感染症まん延を防止する活動)に力を入れてきました。「令和2年7月豪雨」を踏まえ、避難所環境の整備は今後どう進んでいくのでしょうか。政策の軌跡と展望を、前編(今回)と後編(次回)に分けてお話ししていきます。

 

避難所の感染症対策の知恵

内閣府は、2020年4月1日に自治体に発した「避難所における新型コロナウイルス感染症への対応について」を皮切りに、避難所におけるスペースの確保、感染症対策備蓄の促進などを随時呼びかけていきました(「避難所における新型コロナウイルス感染症対策関連情報」)。出水期となる6月には「新型コロナウイルス感染症対策に配慮した避難所開設・運営訓練ガイドライン」を策定・公表し、より具体的な対策について図解するなどの周知活動を行うようになります。

またこれと連動して、現場対応や政策提言をリードしてきた避難所・避難生活学会では、4月に「COVID-19 禍での水害時避難所設置について」をリリースし、間仕切りの高さのある段ボールベッドの配備、消毒液等の備蓄における具体的な段取り、避難所の区画整理のノウハウなどを図解し、自治体の防災担当者への啓発に努めていました。その後も、車中泊を行う際の留意点、令和2年7月豪雨発生を踏まえた段ボールベッド設置ノウハウなどもリリースしています。

 

災害救助法の柔軟運用通知にも感染症対策が強調される

令和2年7月豪雨は、史上7例目の特定非常災害に指定されるほどに猛烈な被害をもたらしました。災害発生直後から「災害救助法」の適用が決定され、都道府県等を中心に災害救助・復旧活動が展開されています。

避難所の設置は、災害救助法にその法的根拠(財政根拠)があります。これまでも、災害が起きるたびに、災害救助法を柔軟に活用して避難所環境を整備するよう、国から自治体にノウハウが伝達されてきました。今般の事態においては、新型感染症を踏まえ、柔軟な活用についてもこれまでの災害以上に踏み込んだ内容が示されました。

たとえば、災害救助法適用直後に法律を活用するノウハウを提示するために発出されることが恒例になっている「避難所の確保及び生活環境の整備等について(留意事項)」という通知では、これまでになかった以下の点が強調されて記述されました。

1.避難所の設置
新型コロナウイルス感染症の現下の状況を踏まえ、あらかじめ指定した指定避難所以外の避難所を開設するなど、可能な限り多くの避難所の開設を図り、特にホテル・旅館、研修所、その他宿泊施設等の活用に努めること。

これまで避難所の環境整備といえば、あくまで体育館等の公共施設での集団避難を念頭に国が自治体へ対応を示唆してきました。もちろん、宿泊施設の活用もできることはノウハウとしては示されていましたが、冒頭にそれを強調することは近年の災害対応としては初めてのことです。

新型コロナウイルス感染症の影響があるかどうかを問わず、公共施設を利用した集団での大規模避難所では、どうしても生活環境が満足のいくものになりません。従来より「みなし避難所」として、観光地や民間宿泊施設の利活用は提言されてきましたが、思うように自治体の現場も動いていませんでした。その、みなし避難所対応が冒頭に明記されたことは、実は画期的なことなのです。今後、このような対応を当たり前にしたいところです。

 

次回予告

次回は避難所TKBや感染症対策を実現するために実施されてきた施策や災害救助法の改善を求める政策提言についてご紹介します。

 

ピックアップ・キーワード 災害救助法

 

災害救助法とは、一定規模の災害が発生した場合に適用が決定さる法律で、応急時に行政が行うべき対応をあらかじめ定めている法律です。避難所の開設、仮設住宅の建設、炊き出しの実施、水や物資の供給、捜索やレスキュー活動、それらは災害救助法が根拠となっています。災害救助法が適用されると、災害対策基本法では原則市町村が行うとされている災害対応について、その責任と権限が都道府県(場合によって政令市)になり、さらに国の予算根拠も明確になり、充実します。

災害救助法では、最低限の救助メニューとその予算目安である「一般基準」が定められ公表されています(災害救助法施行令3条1項。「災害救助法による救助の程度、方法及び期間並びに実費弁償の基準」平成 25 年内閣府告示第 228 号)。しかし、実際はこの基準では到底大規模災害には対応できないので、上乗せ基準である「特別基準」の策定を災害救助法が認めています(災害救助法施行令3条2項)。

災害発生時は自治体がいかに特別基準を国と相談して策定し、実践していくかがカギとなるのです。拙著『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』では、その実践例のひとつとしてChapter23「避難所環境と女性や子どもの権利に配慮を」というテーマを掲げて簡単に解説しています。災害救助法とその徹底活用するための政策法務技術が試されることになるのです。

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『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』Chapter23より

(イラスト=さや☆えんどう)

 

▼後編はこちらです

 

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