第9回:新型コロナADRでトラブル解決を目指せ

はじめに

新型コロナウイルス感染症のまん延により、解雇・内定取消し・賃金カット等の労働問題、契約キャンセルに伴うトラブルや消費者問題、家賃の支払い困難といった契約紛争が多数発生しています。家賃の支払いが困難となれば、事業所からの退去・明渡しを要求されることになり、事業継続にとっても死活問題です。解雇や賃金カットは労働者にとって生活課の糧を失うことになり極めて深刻である一方、事業者も収益の確保が困難になってきています。

このような紛争をすべて裁判所の訴訟手続きで解決しようとすると、当事者負担も大きく、時間もかかってしまいます。判決を得てもそれを民事執行で実現できる可能性が低い場合もあります。このような紛争の解決において役立つといわれているのが、「ADR」(エー・ディー・アール)です。今回は、このADRが新型コロナウイルス禍においても効果的な紛争解決手法であることをご紹介したいと思います。

 

ADRとは何か

「ADR」とは、裁判所の訴訟手続きによらずして、当事者の話し合いと合意によって解決を目指す紛争解決手法です。ADRは、「Alternative Dispute Resolution」の略で、日本語では「裁判外紛争解決手続」と呼ばれています。ADRは、裁判所のように厳格な手続きによるのではなく、それぞれの実施主体の裁量で柔軟な受付や手続進行が可能となる点が最大の特徴です。

また、話し合いを促進するために、当事者の間に「調停人」や「あっせん人」が入り、紛争解決に向けた話し合いや合意形成の促進を行うことが通常です。なかには、「仲裁」といって、当事者が紛争解決の判断を公平中立な「仲裁人」の判断に委ねることを合意したうえで、仲裁判断に従うことで紛争解決を目指す手法もあります。

このようなADRは、弁護士会、民間専門団体、公的機関などで数多くの種類があります。事業再生、金融、住宅、交通事故、商事取引、知的財産、労働、消費者、医療等、多岐にわたる分野で設置されています(法務省「かいけつサポート」 等参照)。

 

弁護士会による「新型コロナADR」の登場

2020年の新型コロナウイルス感染症まん延の影響を受けて発生した数々の紛争を解決するため、複数の弁護士会が、「新型コロナADR」を開設しました。先に述べたように、賃貸借、労働問題、消費者問題、各種契約に関する紛争の一切を、裁判所の訴訟手続によって解決しようとすると、当事者にとっては正統な権利行使であるとしても、費用面・精神面の負担になることは否めません。そこで、できる限り話し合いによる円満解決を望んだり、裁判所の判決より迅速な解決を望んだりする声が高まっていたという背景を受けての対応です。 

弁護士会は、民事紛争一般について和解仲介をあっせんする「仲裁センター」や「紛争解決センター」を常設しています。この機能を拡充することで、新たに「新型コロナウイルス感染症」に伴う紛争を受け付けるというものです。平時から設置されている弁護士会の仲裁センター等への申立てとは異なり、以下の優遇措置がとられています。弁護士会による新型コロナウイルス感染症の影響を受けた市民への支援措置のひとつでもあるのです。

■申立手数料の無償化(通常の弁護士会のADR申立費用は有償)

■成立手数料の半額化

■サポート弁護士による申立書作成等の無償支援を受けられる場合がある

■オンライン対応ができる場合がある

 

起源は東日本大震災時の仙台弁護士会「震災ADR」

「新型コロナADR」は、新型コロナウイルス感染症のまん延とともに速やかに複数の弁護士会で開設されました。これは、東日本大震災をきっかけとする「災害ADR」のノウハウが弁護士会に蓄積されていたからです。2011年3月の東日本大震災では、仙台市をはじめ都市部の地震被害も深刻でした。そのような地域では、とくに「賃貸借契約」をめぐる賃貸人(オーナー)や「借家人」(店子)との間の、退去・明渡、建物修繕、家賃増減額などをめぐる紛争が大量におきました。また、建物の屋根や塀などが壊れて隣家等に損害を与えることによる「工作物責任」に基づく損害賠償紛争事例も多発していました(岡本正『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会・2014年)参照)。

これらの紛争解決を促進するため、2011年4月には仙台弁護士会紛争解決支援センターで震災時の特例ADRとして「震災ADR」が開設されました。このADRの効果は目覚ましく、多数の紛争を短期間で解決に導き、被災地の紛争解決に大いに貢献したのです。このとき仙台弁護士会では、東日本大震災の復興支援・被災者支援を掲げて、①申し立て手数料の無償化、②成立手数料の半額化、③申立書類の弁護士による無料での作成支援、④鑑定士等の専門家手数料の無償化、などの充実した支援を行いました。

とくに、被災地の弁護士である仙台弁護士会の弁護士たちが、申立人や相手方の被災地における特有の事情を加味しながら、公平中立性を維持しながらも、被災地全体へ寄り添う姿勢をみせ、和解のあっせんをできたことが、解決スピードや解決率の高さを支えたのではないかと分析されています。

震災ADRを起源とする災害時の弁護士会による特別なADRの開設(「災害ADR」)のノウハウは、熊本地震の熊本弁護士会、西日本豪雨における各被災地の弁護士会、平成30年台風第21号被害における大阪弁護士会、平成30年北海道胆振東部地震における札幌弁護士会ほか各地でのADR開設につながっているのです。

 

弁護士会の新型コロナADR情報

2021年1月時点で「新型コロナADR」について特別のお知らせをリリースしている弁護士会を一覧にします。もちろん、ここに記述していない弁護士会でも、通常どおり新型コロナウイルス感染症の影響による紛争についてADRの申立てをすることは当然可能です。また、お住いの都道府県以外での申立ても事案などによって柔軟に対応している場合もあるようです。また、1月8日以降の2度目の緊急事態宣言により運用が変更される場合がありますので、各弁護士会へのお問合せ・ご相談の際はご留意ください。

東京弁護士会紛争解決センター「災害に遭われた方へ(新型コロナ関連もこちら)」

第一東京弁護士会仲裁センター「災害時ADR(新型コロナウイルス関連トラブル)」 

 →(チラシ)

第二東京弁護士会仲裁センター「新型コロナウイルスに関連した災害時ADR(話し合いによる解決)等のご案内」

公益社団法人民間総合調停センター(大阪弁護士会)「災害ADR」

京都弁護士会コロナ対応臨時Web調停

愛知県弁護士会紛争解決センター「新型コロナ・賃貸借のADRをご利用下さい」

広島弁護士会仲裁センター「コロナ問題はなしあいサポート開設のお知らせ」

 →(チラシ)

岡山弁護士会岡山仲裁センター「災害ADR(新型コロナウイルス感染症関連)及びリモートADR(ウェブ会議による期日開催) 開始のお知らせ」

 →(チラシ)

福岡県弁護士会紛争解決センター「【コロナ対応(災害)ADR】新型コロナウィルス感染拡大に関連した紛争に関する災害ADR(調停)を行います」

 →(チラシ)

熊本県弁護士会紛争解決センター(災害ADR(新型コロナウイルス関連)について)

 →(チラシ)

仙台弁護士会紛争解決支援センター

 

ピックアップ・キーワード

「災害ADRと2.5人称の視点」

 

全国各地で弁護士会が実践する「災害ADR」や「新型コロナADR」の起源である仙台弁護士会の「震災ADR」が被災地の賃貸借紛争や工作物責任紛争をはじめ、多くの類型の紛争解決に貢献したことは、『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』(Chapter20「賃貸借契約の紛争は災害ADRによる解決を~災害ADR①~」、Chapter21「自宅損壊で隣家に被害が出たらADR活用~災害ADR②~」)においても紹介しているところです。また、さらに詳細な分析については、仙台弁護士会紛争解決支援センター『3.11と弁護士~震災ADRの900日』をぜひ参照してほしいと思います。

様々なケースをどのように解決してきたのか、交渉術のノウハウも読み取ることができます。災害時や危機時に弁護士がADRに関与することは、支援のノウハウを仲介に活かせるという効果があります。なかでも、「2.5人称の視点」と呼ばれるものが印象的です。

これは、仙台弁護士会の齋藤睦男弁護士が提唱されている、震災ADRにおいて仲介を担当する法律家が持つべき視点のことです。ADRで仲介業務を担う弁護士などは通常は「3人称」の視点にたち、あくまで公平中立な調査と事案解明にあたります。一方で、被災地では当事者に寄り添い、何のために解決をすべきかといった「2人称」(当事者)の視点も持ち合わせる必要があります。この中間が「2.5人称」です。

被災地では、特に申立人も相手方も双方が被災者となることが多いため、この「3人称の視点」と「2人称の視点」を往復して適切な答えを模索する「2.5人称の視点」が非常に重要になるのです。

 

 

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