第1回:新型コロナウイルス感染症とリーガル・ニーズ

はじめに――連載開始にあたって

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により亡くなられた方々へ、衷心より哀悼の意を表します。世界的な感染症まん延はなお継続しています。医療関係従事者の皆様をはじめ新型コロナウイルス感染症に立ち向かうすべての方々へ、心からの敬意と感謝を述べたいと思います。

感染症拡大防止のために経済活動の大幅な自粛が求められています。いまさら言うまでもなく、これによる事業者や個人の生活への打撃は極めて深刻です。お金やくらしに関わる悲痛な叫び声が後を絶ちません。仕事先での労働や契約にまつわる紛争が多数おき、トラブルや消費者被害も多発しています。

筆者は弁護士であり、東日本大震災をきっかけに自然災害へのリスクマネジメントや被災者支援情報の共有等の活動や研究をし、「災害復興法学」を興して今に至ります。そのような筆者を含む弁護士らは、今回の新型コロナウイルス感染症も「災害」と考え、日本弁護士連合会、各都道府県弁護士会、有志弁護士や関連団体らと協働して、無料法律相談活動などを展開しています。

新型コロナウイルスまん延にともなう「リーガル・ニーズ」をくみ上げ、どのような法支援ができるのか、災害復興政策や防災・危機管理の知見を活かす余地はあるのか――。本連載のテーマは、こうしたことにスポットを当てて、「災害復興法学」研究の視点から〈新型コロナウイルス感染症まん延からの生活再建〉を考えていこうというものです。

 

本連載の第1回となる今回は、新型コロナウイルス感染症の影響により、どのような相談が弁護士に寄せられているのかを紹介することで、法政策の根拠となる立法事実として何を考慮すべきかなどを考えていくきっかけにしたいと思います。

 

 

緊急事態宣言直前の相談傾向

ひとつめは、第二東京弁護士会の無料電話相談窓口に寄せられた個人の相談の傾向です。相談時期は2020年3月10日から同年4月3日であり、同年4月7日の東京都を含む7都府県への新型インフルエンザ等対策特別措置法による緊急事態宣言による緊急事態措置(その後、同月14日の全国への拡大)の直前期のものになります。

 

個人(非事業者)の相談傾向

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第二東京弁護士会「新型コロナウイルス感染症 無料法律相談第1次 データ集計及び分析結果」(2020年4月17日)より抜粋・再構成。相談件数は54件。https://niben.jp/news/news_pdf/688f8a80fa7edcbff37c5bc1fabf9c1d53756ad6.pdf

相談類型のなかで「消費者問題」が最も相談割合が高くなっています。イベントや旅行のキャンセルに伴う代金・料金の返還に関わる相談が多くを占めているとのことです。新型コロナウイルス感染症の影響により、イベント開催自粛、旅行などの不要不急の移動制限の影響が、顕著に現れていることがうかがえます。

 

緊急事態宣言以降を含む相談傾向

つぎに紹介するのは、大阪弁護士会の実施している無料電話相談窓口における相談傾向です。時期は3月11日から5月31日であり、緊急事態措置下における相談を多く含んでいるものです。

 

個人・労働者の相談傾向

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事業者の相談傾向

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大阪弁護士会「新型コロナウイルスに関する総合電話相談」(2020年5月31日現在)より抜粋・再構成。個人・労働者からの相談が381件、事業者からの相談が238件。 https://www.osakaben.or.jp/info/2020/2020_0511_2.pdf

突然の経済活動の自粛に伴い、多くの労働者が休業を余儀なくされました。これにより、雇止めや休業期間中の給与補償に関する不安や、現実の不支給という事態が多発し、相談が多くなったものと考えられます。また、補正予算等を根拠とする各種給付金について国会等で頻繁に議論されていたことから、それらに対する政策動向への問い合わせも多くなったことがうかがえます。

事業者については、「融資・助成金・給付金」に関する相談が高い割合を示しました。やはり、営業自粛要請に伴い収入が激減し、資金繰り(キャッシュフロー)を確保する事業継続の視点から多くの相談が寄せられたものと思われます。このような事業者の窮状が、そこで働く労働者の解雇や休業等に影響していることもうかがえます。

 

日本全国で大災害時と共通したリーガル・ニーズ

以上の相談内容から、生活していくうえでの「お金」の支援、とくに行政からの給付金支援に関する関心が高い点や、従前の支払関係・契約関係・雇用関係を維持できなくなったことによる紛争が多いことがうかがえます。この点は、東日本大震災、熊本地震、各地豪雨台風災害等における被災地の相談傾向と共通するところが多く、災害復興政策の知恵が活かせるのではないかと考えています。

一方で、自然災害の被災地支援とは異なる政策対応を迫られる点もあります。地域を問わず、日本全国の経済活動に対して満遍なく深刻な影響が発生しており、影響を受けるのが全国民に及んでいることや、業種別に影響の深刻さが大きく異なってくるといった点です。

今後、全国各地の弁護士会が実施してきた無料電話相談等の相談事例を集約のうえ、統一的な指針を設けて分析することで、より正確に新型コロナウイルス感染症のリーガル・ニーズを浮き彫りにし、政策提言の基礎資料(立法事実)とすることが強く望まれます。

 

次回予告

今回は、新型コロナウイルス感染症の影響を受けた方々のリーガル・ニーズを確認しました。これを踏まえて次回は、全国民に一律10万円が支給される「特別定額給付金」事業について、これまでの災害復興政策の経験が活かされたと評価できる「差し押さえ等禁止法案」について紹介したいと思います。

 

ピックアップ・キーワード『リーガル・ニーズ』

 

リーガル・ニーズという言葉には、実はまだ決まった定義はありません。「災害復興法学」の分野では、「法律の解釈や法律を根拠として制度情報の提供によって全部または一部を解決することができる、または解決することが望まれる個人や事業者の要求や悩み事」と定義しています。大きな危機が発生したときの、衣食住・医療福祉・社会資本整備等にかかわる目に見えるニーズが存在するのであれば、将来の生活再建や事業再生への悲痛な悩み声という、目に見えないニーズもまた存在するはずです。そのリーガル・ニーズを明らかにしよう、すべきだと考え、被災者の声を集約・分析し、グラフ等のかたちで公表し、政策提言してきた経験が「災害復興法学」を生みました。岡本正著『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』(弘文堂)のChapter29「無料法律相談4万件の声が導く復興政策の軌跡~東日本大震災~」では、東日本大震災と被災地の相談分析結果を簡単に紹介しています。

 

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